
伊陸地区にお住いの山本郁男さんは、大正14年5月6日生まれ、現在101歳です。
令和7年9月18日に、柳井市長が郁男さんのご自宅に「100歳ご長寿訪問」をされた際、私も一緒にお伺いさせていただきました。
令和7年度に柳井市内で100歳を迎えられた方は12名、そのうち男性は2名、自宅で生活をされているのは郁男さんを含め2名でした。
郁男さんは、約4年前に肺気腫を患い在宅酸素療法を受けながら、長女の陽子さんと生活されています。「酸素が取りにくいだけじゃけえね。」と、穏やかに話される郁男さんは、身の回りの事は自分でされるそうです。陽子さんは、「耳も遠くなく普通に会話ができるので有り難いです。」と言われていました。この日も、市長さんが来られるのを心待ちにしていた郁男さん、市長さんとの会話も弾んでいました。
「この歳になって楽しみも少なくなった。」と言われる郁男さんですが、101歳の現在でもおちょこ1杯程度の晩酌をたしなまれるそうです。

郁男さんの自宅前には、田んぼが広がっています。郁男さんが管理する2町(約6.000坪)の田んぼは、ほ場整備によってまとまった広さになりましたが、昔は20枚から30枚の棚田だったそうです。お米作りは本当に大変だったと思います。
27,28歳で一家の大黒柱として農業で生計を立てて来られた郁男さんは、90歳で初めて大けがをするまで、草刈りもバリバリとされていました。冬の農閑期には、森林組合で伐採や植林などの仕事をされていたそうで、「植えた杉やヒノキがそろそろ切り時。」と、気になるご様子でした。
「みんな農業は嫌がるけど、昔は長男が跡を継ぐ時代じゃったからね。」と話される郁男さん、今も窓の外に広がる田んぼの様子は気になるとの事です。娘さんは、「朝早くから夜遅くまで働いている父の姿をよく覚えています。そうやって私たち娘3人を育ててくれたんだと感謝しています。」と話されました。
「好きな食べ物はありますか?」と聞くと、「好き嫌いはないよ。」と言う郁男さんの隣で、「漬物とか昆布の佃煮が好きよね。漬物は、毎食絶対ないといけんもんね。」と、娘さんが教えてくれました。

床の間には、内閣総理大臣からのお祝い状と記念品の銀杯が飾られていました。また、市長さんからのお祝いもとても喜んでおられました。
郁男さんの穏やかな表情からは想像もできませんが、きっと大変な時代を生きて来られたのだと、「長男が跡を継ぐ時代」という言葉に郁男さんが生きて来られた100年の重みを感じました。
今の平和で豊かな時代を過ごせているのは、きっと郁男さんたちのように大変な時代を支えてくださった先輩たちのおかげだとしみじみ感じました。

市長さんが帰る様子を、窓からいつまでも見送っている姿が印象的でした。
今の平和な時代を、穏やかで健やかに過ごしてほしいと心から願っています。





