伊陸地区には数多くの史跡があり、そのどれもが
今も住民の方々に大切に守られています。
藤の木地区(旧岩国領米蔵跡・旧伊陸小学校跡・旧伊陸村役場跡及び光持寺跡・小南寺跡・観音堂・墓地)
伊陸盆地のほぼ中心部に位置する藤の木地区にある
岩国領米蔵・旧伊陸小・旧伊陸村役場跡地・小南寺跡・
光持寺跡・観音堂。
県道柳井玖珂線(70号線)から少し西に入ったところに、
下の写真の大きな看板が立っています。
この場所は、江戸時代には岩国藩(吉川氏)の米蔵が置かれ、
伊陸米で岩国城下の生活をまかなっていました。


この看板から南西約300m先の丘陵地には、平安時代に
王坊(朝廷の寺)として建てられた光持寺・小南寺がありました。
立て看板のすぐ後ろには広い観音堂があり、中には観音像が
置かれてあります。


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長野地区(義民 宮吉供養墓)
伊陸の東部に位置する長野地区にある
義民 宮吉供養墓。
江戸時代(享保2年)に岩国藩の財政がひっぱくした結果、
年貢米を増やされた藩内各村の農民の間で一揆が起こり、
本藩であった萩藩に直訴した農民が各村から詮議を受け、
伊陸村からは長野の宮吉が斬首の刑に処せられました。
時代の犠牲になった義民 宮吉の霊を弔い、長野の村人が
小高い丘の奥にひそかに宮吉の墓を建て、おとがめを
受けないように覆い隠して守って来ました。それが下の写真です。


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