◆ 伊陸糸あやつり人形芝居として昭和48年8月30日、柳井市指定有形民俗文化財に認定された

伊陸小学校の児童による練習風景
伊陸糸あやつり人形芝居のルーツは、島根県出雲に由来する。
慶応2年(1886年)に平生町の永田増次郎が、出雲から
糸あやつり人形芝居の伝統を継ぎ、それは通称「マシーデコ」
と呼ばれ、社寺などで公演をして人気を博した。
明治の中期に、伊陸の福重槌三郎がマシーデコを伝習し、
独自の工夫を加えた「ミチーデコ」を考案した。
公演回数は2000回にも及び、県内はもとより
遠くは神戸地方から朝鮮半島まで出向いて興行実績を上げた。
伊陸糸あやつり人形芝居は、大正15年、伊陸の海部屋治朗
(芸名・梅中軒梅若)が、岩国市由宇町(旧玖珂郡)の質屋で
人形28体(広島の人形作家の作品)を購入して始めたものだが、
昭和36年以降は海部屋一座・藤川一座が上演し、公演回数は
実に3000回を突破、それは海部屋治郎が亡くなる昭和50年まで続いた。
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《人形について》
◆全長・・約60センチメートル、頭部は桐製、舞台は組み立て式
◆浪花節を地方(じかた)にしている(福重槌三郎以来)
◆操り方は出雲系で、人形の頭・肩・手・膝に5本の糸をつけ、
U字形とT字形の手棒を用いて動かす手法
◆上演演目は「義士伝」をはじめ50種にも及ぶ
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人形32体は、昭和54年に所有者河村新作氏から
柳井市教委に寄贈され、今日まで保管されている。
伊陸糸あやつり人形芝居は、伊陸小学校児童が部活に取り入れ、
一座の指導を受けて伝承に励んだ。





